はじめに
こんばんは、マークです。本日は未遂の中にある中止犯(=中止未遂)について検証していきます。
最初に注意をしておきたいことがあります。それは場面ごとに各種の説があるということです。あとで場面については説明していきますが、「これを検討する場面では〇〇説と▲▲説があったな」、「だからこう聞かれている内容は合ってるよ、いや間違っているわ」という感じになるかと思います。短答の問題はそれを混ぜ込んでくる場合があるので注意ですね(この場面ではその説は使わないといった感じで対処することが必要)。でもシンプルに分ければ問題ないかと思います。
場面1:必要的減免の根拠(中止犯の法的性格)
さて、中止犯を考えるまず第一の場面(場面1)の話です。自己の意思で犯罪を中止した⇒刑が必ず減軽または免除されることが規定されている(43条但し書き)。必ずなので、「必要的減免」と呼ばれる。ではどうして必ず減軽や免除されるのであろうか。その根拠はなんであろうか。ここで登場するのが3つの説。
①刑事政策説~中止したら寛大に扱うよ。それによって犯罪の完成を未然に防止しようとする政策的な考慮が根拠となるのだとする説。
②違法性減少説~中止により結果発生の具体的危険性が減少することが根拠となるのだとする説。
③責任減少説~自己の意思により中止したことにより非難可能性が減少することが根拠となるとする説。
今のところ③が妥当(ただし組み合わせるという考え方もあったりする)。①②への批判は以下の通り。①後戻りのための黄金の橋と説明されるが、不可罰にはならないのでその説明は妥当ではない。②共犯者間に違法性の連帯を肯定する制限従属説(共犯が成立するには正犯の行為が構成要件に該当し、かつ違法であるとする説)を前提とすると、共犯者の1人に中止犯が成立する場合、なんら中止をしていない他の共犯者にも中止犯が成立することになりかねない。
中止犯(中止未遂)の成立要件
成立要件は5個。うち3つが大切。
- 犯罪の実行に着手
- 「自己の意思により」=中止の任意性
- 「犯罪を中止した」=中止行為
- 構成要件的結果の不発生
- 中止行為と構成要件的結果の不発生との間の因果関係
要件で大切なところ
上記1~5のうち、赤ラインを引いた2.3.5が大切。以下でみていきます。
場面2:自己の意思により
いかなる場合に「自己の意思により」といえるのかがポイントであり、説が対立するところ。どう選ぶかが問題。
- 主観説~行為者の中止行為が、外部的事情に影響を受けないでされた場合にのみ、「自己の意思により」といえるのであり、中止行為が外部的事情に影響を受けたゆえになされた場合は「自己の意思により」とはいえない。~しかし人の意思決定はなんらかの外界の刺激に基づきされるのが通常なので主観説は狭きに失する。
- 限定主観説~場面1で法的性格の責任減少説を徹底し、悔悟・同情・憐憫など、広い後悔に基づいて中止した場合にのみ任意性が肯定されるとする説。広義の後悔(単なる恐怖や強制でなく、倫理的な中止動機を幅広く指す)が必要であるが、条文の「自己の意思により」からそれを要求するのは無理がある。
- 客観説~行為者の認識した外部的事情が、一般人にとって通常障害となるべき性質のものか否かを基準とする説。一般人を基準とするので客観説と呼ばれるが、一般人を基準にすることは「自己の意思により」という文言と相容れないよね。
- 折衷説~外部的事情を行為者がどう受け取ったかを基準とし、外部的事業が、行為者に対し、ある程度必然的・強制的に中止を決意させたか否かで判断しようとする説。~これが妥当とされる。
- フランクの公式~折衷説と同じような考え。「しようと思えばできたが、しなかった」場合は中止犯(中止未遂)、「したかったが、できなかった」場合は障害未遂(警察の介入や第三者の目撃といった外部的要因により結果にいたらなかった)となる基準。
場面3:「中止した」とはいかなる行為が必要なのか?
これも大きく説が2つにわかれていて、それぞれ短答だけでなく、論文でも問われるところである。
1.従来の通説(⇐特段名前がついていない~覚えづらいわ)~中止行為を2種類に分け、それぞれの場合にどういった行為があれば中止犯となるのかが違ってくる。
1-①:着手未遂~実行の着手はあったものの、実行行為そのものを終了しなかった場合のこと。着手未遂の場合は、通常、その後の実行行為を放棄する(や~めた)という不作為があれば中止行為があったと判断して良い。名前は「着手あったけど未遂⇒着手未遂」
1-②:実行未遂~実行行為は終了したが、構成要件的結果が発生しなかった場合のこと。実行未遂の場合は、結果発生防止のための真摯な努力(作為)行為があってはじめて中止行為があったと認められる。
1-①と1-②の区別~実行行為が終了しているかどうかで区別する。客観的に実行行為を継続する必要性と可能性があり、かつ、行為者がそれを認識している場合が着手未遂。それ以外は実行未遂とする。
2.近時の有力説(⇐これも名前ないんかい。覚えづらいわ。)~中身は2つに種類分けされている。
2-①:放置すると結果が発生する危険がいまだ生じていない場合(長いわ)~結果発生の危険性は、専ら行為者の犯行係属の意思に基づいている。犯意を放棄して、その後の実行を放棄する不作為があれば中止行為ありといえる。
2-②:放置すると結果が発生する危険性がすでに生じている場合~結果発生防止にための真摯な努力(作為)があってはじめて中止行為ありと認定できる。
1-②、2-②では真摯な努力が求められる。では他人の助けを借りた場合は真摯な努力として認められることになるのだろうか。⇒肯定されうるが、みずからできるだけ精一杯の努力が必要。「あとは頼んだよ」ではダメ。
場面4:中止行為と結果の不発生との間の因果関係
・犯罪の事案として行為者が殺意をもって相手に毒物を飲ませたのだけど、後悔して、死なんといてくれとできうる限りに手当をした。相手は死亡しなかったが、手当のかいがあったからではなく、元々致死量に至っていなかったからというものの場合に実質的には行為者の手当は結果の不発生とは何の因果関係を有しなかったといった場合、行為者に中止犯(中止未遂)が成立するのかという問題。つまり中止行為と結果の不発生の間の因果関係は必要か?という問題。
・さて、またやっかいな論点が出てきた。でもこれは簡単。中止犯の必要的減免の根拠を如何に考えるかで判断すればよい。
1:必要説~もし必要的減免の根拠を中止により結果発生の具体的危険性が減少することとする違法性減少説をとれば、因果関係が必要ですというロジックになる。
2:不要説~でも、前述の通り、現在妥当な説は責任減少説である。責任減少説によれば、因果関係が認められなくても、行為者に自己の意思による中止行為が認められる限り、責任の減少が認められるというロジックになる。よって、そのような因果関係は不要という結論になる。
予備罪(または予備)の中止
・定義:予備行為後の実行行為の開始を任意に中止すること。(予備行為を中止することではない)
・例えば、強盗をする目的でナイフを購入したが、翻意して強盗の実行着手をやめた場合。
・予備罪が成立するのは問題はない。でもその後の犯罪の実行着手をしていないので43条ただし書きのの中止未遂を直接適用することはできない。強盗に着手してからや~めたといった場合は中心犯として中止未遂を適用できるのに、なんか実行に移さなかった奴を減軽できないのはなんかおかしくない?っていうことから論点となっているのだ。判例は「予備罪に中止未遂の観念を容れる余地はない」としているが、実行に着手しなかったのに不合理という観点でとらえ、中止未遂の必要的減免根拠は責任減少とする考え方からは準用を肯定する見解があり、これが妥当と考えるのだ。
・じゃあ、何を対象に減軽するの?既遂犯の刑なの?予備罪の刑なの?判例は予備罪に中止未遂の観念を容れる余地なしとしているので判例はないと思うが、法律の減軽は1度しかできず、予備罪はすでに既遂犯の法定刑を減軽した内容となっているので、これ以上は予備罪の刑を減軽することはできない。よって減軽するのは既遂犯の刑を基準に考えるということになる。既遂犯の刑を減軽してもなお予備罪の刑より重い時は予備罪の刑を科すということになるという結果になる。
R6の短答式問題
では実際の司法試験予備試験問題を見てみよう。(引用:法務省HPより 令和6年司法試験予備試験問題の刑法・刑事訴訟法 より)
〔第8問〕(配点:2)
中止犯における中止行為の任意性の判断基準に関する次の各【見解】についての後記アからオま
での各【記述】のうち、正しいものの組合せは、後記1から5までのうちどれか。
【見 解】
A説:行為者が、やろうと思えばできたが中止した場合を中止犯とし、やろうと思ってもできな
かった場合は中止犯としない。
B説:犯罪を中止した原因が社会通念に照らして犯罪続行の障害と考えられる事情かどうかによ
って任意性を判断し、社会通念に照らして一般人であれば中止しないのが通例であると考え
られるにもかかわらず、中止した場合を中止犯とする。
【記 述】
ア.A説の立場からは、中止行為が反省・悔悟等の自己の行為に対する否定的な感情に基づく場
合に限り、中止犯が成立する。
イ.A説の立場からは、中止犯が成立するためには、行為者が犯罪意思を完全に放棄する必要が
あり、犯罪に着手し、そのまま遂行可能であったが、他の機会を待つことが得策だと考えて中
止した場合に中止犯が成立することはない。
ウ.建物に放火しようと考え媒介物に火を放ったが、犯行の発覚を恐れて焼損に至る前にその火
を消した場合に、犯行の発覚を恐れることが一般に犯罪の遂行を妨げる事情たり得るとして中
止犯の成立を否定する考え方は、B説と親和的である。
エ.B説は、中止犯の刑の減免の根拠について責任が減少すると考える見解からは支持すること
ができない。
オ.B説に対しては、任意性の判断は行為者の主観を問題とするのであるから、妥当ではないと
の批判がある。
1.ア イ 2.ア エ 3.イ ウ 4.ウ オ 5.エ オ
◆マークの見解
・まず中止犯成立の要件のうち、任意性について聞かれている問題であることを確認する。そうすると前述「5.場面2」で説明した各説について聞かれているんだということになる。
・A説は主観説の説明(フランクの公式と同じ内容だが、社会通念を入れていないので主観説)、B説は折衷説(社会通念が出てきたのでそうした。客観説と少し迷うな。)だなと判断をつける(その他に限定主観説や客観説といった説があったよね)。
・ア~(×)これは限定主観説の話だからA説(主観説)とは違うよねとなる。
・イ~(×)A説は主観説であり、主観説における任意性の判断は「やろうと思えばできたのにやめた(自己の意思)」かどうかという倫理的判断であり、犯罪意思を完全に更正するまでは必要なし。よって、それが必要としている前段が間違っている。
・ウ~(〇)犯行の発覚を恐れてやめることは、一般的に犯罪の続行を不可能または著しく困難にする外部的障害とみなされ、中止犯の成立要件である「自己の意思により」中止したとは認められず、中止犯が否定されるケースが一般。ちなみに外部障害とは行為者自身の内面的な悔悟ではなく、逮捕・発覚といった物理的なリスクを避けるためにやむを得ない中止のこと。B説(折衷説)とも親和的。折衷説は外部的事情が行為者に対してある程度必然的に(あるいは強制的に)中止を決意させたか否かで判断するからである。
・エ~(×)責任が減少するかどうかについてはあくまで必要的減免の根拠を検討する際のもの。本問でA説、B説は中止犯成立の要件のうち、自己の意思により(中止の任意性)を判断するときにどう考えるかというもの。別にB説に立っても中止犯の減免根拠を責任減少説でとらえることに何ら問題はない。よって支持できないとした設問は間違いと判断。
・オ~(〇)主観説からの批判は、「任意性」とはあくまで「行為者本人の心の動き」を問題にするはず。それを一般人ならどう思うか(社会通念)」という外部の物差しで測るのは評価の対象と基準がずれているというものであり、設問通り。
まとめ
意外に説の使い分けとかが難しい領域になりますので、頑張っていきましょう。それでは。


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