はじめに
こんばんはマークです。本日は不能犯についてやっていきます。刑法43条の未遂犯が成立するには実行の着手が必要とされる。人を殺そうと思って丑の刻参りをしても実行行為といえないのは当然だろう。つまり犯罪実現の危険性が極めて希薄であるため、実行の着手と認められないものは不能犯となる。
不能犯と未遂犯の区別
では不能犯と未遂犯(実行の着手が認められる)との違いはどこにあるのだろうか。以下で3説を①いかなる事情を危険性判断の基礎事情としうるのか、②いかなる見地から危険性の有無を判断するべきかについて検討していこう。判例の立場は明確ではないが、3つ目の具体的危険説ではないかといわれているようだ。そこを念頭に入れて進めよう。
1.純粋主観説
主観主義刑法理論前提で、犯罪をしようとする意思があればその行為が危険性を有するか否かを問わず、未遂犯とする説がある。言い換えると①行為者の認識した事情を基礎として、②行為者を基準に危険性を判断する。でも問題点がある。例えば「砂糖で人を殺せるぜ」と思って人に砂糖を飲ませた場合、行為者の認識で行為者の基準とすると砂糖を飲ませただけで殺人未遂罪が成立してしまう。そんなアホなとなってしまう。
2.純粋客観説
①すべての客観的事情を基礎にして、②事後的・科学的に 危険性の有無を判断する説。
さっきの事例だと、①砂糖を飲ませたということが客観的事情となる。②事後的・科学的には殺す危険性がないといえ、不能犯となる。しかしこの説も問題がある。事後的にみれば「結果が発生しなかった理由」を見つけ出すことができる以上、結果が発生しなかった場合はすべて不能犯となりかねないので偏った結果となる。
3.具体的危険説(通説)
①行為者が特に認識していた事情および一般人が認識しえた事情を基礎として、②行為の時点に立って、一般人の見地から 危険性の有無を判断する説。行為者が特に認識していた事情とは客観的事情を意味するので注意。例えば行為者が人形を人間だと思って銃を発砲しても人間だという事情は客観的事情ではない。一般人が人間だと誤認識しえたと言えない限り人間に向けて発砲したという内容を基礎事情とすることはできない。(主観的誤解ではなく、現実に存在する隠れた客観的事実が対象)逆に、爆発物を設置するケースで、一般人にはアタッシュケースにしか見えないが、行為者がその中に爆発物が入っていることを認識していたという場合や、軽い突き飛ばしで通常であれば相手は死なない程度のものでも、行為者が相手が重度の心疾患があることを知っていたとか、後ろに深い穴があることを知っていたという事情があればそれは基礎事情とするという意味になる。
令和5年の司法試験予備試験問題(法務省HPから引用)
各説の内容を踏まえ、実際の短答式問題にあたってみよう。法務省HPより引用させていただきました。
〔第9問〕(配点:2)
学生A及びBは、次の【事例】における甲の罪責について、後記【会話】のとおり議論している。
【会話】中の①から⑤までの( )内に後記【語句群】から適切な語句を入れた場合、正しいもの
の組合せは、後記1から5までのうちどれか。なお、①から⑤までの( )内にはそれぞれ異なる
語句が入る。
【事 例】
甲は、殺意をもって、Xの腕の静脈内に蒸留水と空気を注射したが、当該空気量が疾病のない
健常人に対する致死量未満であったためXは死ななかった。また、甲は、当該空気量が上記致死
量未満とは知らなかった。なお、当該空気量であっても被注射者の身体的条件等によっては死亡
する危険はあった。
【会 話】
学生A.未遂犯と不能犯の区別に関してはいろいろな考え方がありますが、行為の時点において
一般人が認識し得た事情と行為者が特に知っていた事情を基礎とし、一般人が結果発生の
危険を感じる場合には可罰的未遂を肯定する考え方に立ち、本事例では一般人が結果発生
の危険を感じるとすれば、甲に殺人未遂罪が(①)ことになりますね。
学生B.この考え方に対しては、(②)ことになるという批判がありますね。では、結果発生の
危険性を事後的客観的に判断する考え方に立った場合、甲の罪責をどう考えますか。
学生A.(③)という考え方によれば、身体的条件等によっては死亡の危険があったので、甲に
殺人未遂罪が成立します。一方で、結果発生の危険性を事後的客観的に判断する考え方を
徹底すれば、(④)ことになりませんか。
学生B.そうとは限りませんよ。結果が発生しなかった原因究明と同時に、いかなる事情があれ
ば結果発生があり得たかを明らかにし、(⑤)可能性を判断すれば妥当な結論を導けます。
【語句群】
a.成立する
b.成立しない
d.印象で未遂犯処罰を決める
c.迷信犯に未遂犯を認める
e.行為者の認識内容が客観的真実に合致するか否かによって区別する
f.結果発生の絶対的不能・相対的不能によって区別する
g.行為者の誤信が相当と認められる
h.結果発生をもたらす仮定的事実が存在し得た
i.結果不発生の原因を解明できた場合、すべて不能犯となる
1.①a ②c ③e ④g ⑤h
2.①a ②d ③f ④i ⑤h
3.①a ②e ③f ④c ⑤g
4.①b ②d ③e ④i ⑤g
5.①b ②i ③f ④c ⑤g
◆順にみていきましょうか。
・①について(①は問題文中の数字)~学生Aの話している内容は具体的危険説の考え方をしている。一般人が結果発生の危険を感じるのであれば実行行為があったとして未遂を肯定することになる。だから事例においては一般人が結果発生の危険を感じるとすればと書いてあるので、殺人未遂が①a「成立する」となる。
・②について~cdeのどれかが入る。cは純粋主観説に対する内容。eは純粋客観説に対する内容。②d「印象で未遂犯処罰を決める」という批判がされる。具体的危険説が抱える判断基準の主観性、曖昧さを鋭く突いたものといえる。この説は行為時の「一般人の視点」や「行為者の特別な認識」を基礎に危険性を判断するため、結果的に裁判官や一般人の主観的な「怖さ」や「危なっかしさ」といった印象に左右されやすい。なるほど具体的には死体に向かって発砲した事案とかだと、一般人の見地からその死体が生きていたと認識しうるのであればそれが基礎事情となり、一般人の見地から生きている人に発砲するという行為の危険性を判断するのであれば危険性が肯定され、殺人未遂罪が成立する。寝ている人がベッドの中で心筋梗塞等を発症して、発砲直前に死んでいた場合、客観説だと不能犯になるのに対して、具体的危険説では場面によって結論が変わってしまうことになり、そういった点が批判される点となる。また設問の通り、「印象で未遂犯処罰を決める」という批判が当てはまる。
・③について~客観的危険説(これはテキスト等にはあまり載っていないのでいったんパスする設問。絶対的不能は不能犯だが、相対的不能は未遂犯とする説。でも絶対と相対の区別が主観的で基準にならないとされ、その後具体的危険説に移っていった。(正解はf「結果発生の絶対的不能・相対的不能によって区別する」)
・④について~結果発生の危険性を事後的客観的に となればこれは純粋客観説の内容。結果不発生のときはすべて不能犯となりうるとした批判がそのまま当てはまる(正解はi「結果不発生の原因を解明できた場合、すべて不能犯となる」)。
・⑤は純粋客観説の批判に対する反論である。h「結果発生をもたらす仮定的事実が実在し得た」可能性を判断すれば妥当な結論を導きだせるというもの。これは文章の流れから選択できる。
最後に
ある程度通説である具体的危険説とそれまでに出てきた説を覚えておけばいけるはず。そう信じていこうと思います。それでは。



コメント